
シリル・デプレ、デビット・ピアソン、クイン・コディ、そしてシェーン・エスポジートの各ライダーに加え、経験豊富なクリス・ブレイスをチーム監督に迎えたKTMチーム。 伝説的なデザートレースであるBAJA1000に初参戦し、初出場にして3位入賞する好成績を残しました。40年間の歴史を持つ、世界でも最もハードと言われるBAJA1000.
メキシコのバハカリフォルニア半島をノンストップで横断する真のサバイバルレースです。11月に開催された2007BAJA1000は、KTM690BAJAにとっては、ワールドプレミアムとなる素晴らしい舞台となりました。
300マイル地点では、トップの8分後方にいて狙い通りの走行ができていた。しかし、デビット・ピアソンが2回目のライディング中に、タイヤのビートがなくなるというトラブルに遭ってしまい、25分を失ってしまった。そして、シリル・デプレが再びトップを奪取しようとした際には、ヘットライトが暗くなってしまって、次のピットストップまでわずかな灯かりを頼りに走るしかなかった。570マイル地点ではリヤタイヤがパンク。それで、シリルは100qもの距離を全てスタンディングでステップに体重をかけ、ビブ・ムースを装着したフロントタイヤのみに加重をかける走行を強いられてしまった。不幸中の幸いだったのは、彼が100q/h超のスピードで走行している時にリヤホイールが穴にヒットしたのにライダーもバイクもシリアスなダメージを負わずにすんだこと。『シェーンはなんのトラブルもなく担当パートを走破。そしてクインが乗っている時に2位を走るホンダチームにあと5分、というところまで追いついた』とシリル。 しかしピットストップのわずか400M手前で、クインは観客によって掘られた穴にマシンをヒットさせてしまった。このクラッシュでダメージを負ってしまったクインは、デプレに残りのパートを託す事になった。デプレにとっては、自分がプリランしていない、未知のコースである。 そして最後はデビットがフィニッシュラインまで全力をかけて疾走する事になった。
この世界で最も過酷なレースを通じ、KTMライダーと690BAJAは、KTMのフィロソフィである「Ready to Race」を強く印象づけることができた.デビット・ピアソンはいくつものアクシデントを乗り越えて917.3kmを走破、シリルは濃霧の中のライディングとなった1050〜110マイル地点間の160kmを壊れたゴーグルを外したまま走りきった。40周年記念大会となった今回を、BAJA1000のベテランであり、常に勝利を獲得してきた参加者であるラリー・ローズラーは、「これまでに経験のないほどハードなBAJA1000だった」と評している。
今回のレース結果を振り返り、KTMチームは早くも2008年をターゲットに690BAJAの改良とモディファイを開始している。
KTM INFORMATION
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